副交感神経興奮薬(コリン作動薬)


1.コリン作動性神経のシナプス伝達機構
 副交感神経系は節前線維、節後線維共にコリン作動性神経であり、アセチルコリン(ACh)を伝達物質として遊離する。
 ACh が伝達物質として働く部位  表3.4(p.58, 63)
  @ 副交感神経節後線維 − 効果器接合部:M
  A 交感神経節後線維 − 汗腺(エタクリン腺)接合部:M
  B 自律神経節のシナプス(副腎髄質を含む):N(NN)、M
  C 運動神経 − 骨格筋接合部(神経筋接合部):N(NM
  D 中枢神経系のシナプス(Ex. 錐体外路系、マイネルト核からの神経、中隔−海馬系神経)
          :M、N

   図3.7 コリン作動性神経のシナプス伝達機構(p.59)

 @ 神経衝撃により、Ca2+ が神経終末に流入する。
 A シナプス小胞からAChが遊離される。
 B 遊離したAChがシナプス間隙に拡散し、ACh受容体と結合する。
 C シナプス後膜の脱分極により、効果器を興奮させ、生理作用を現す。

この際AChはムスカリン受容体又はニコチン受容体に結合して効果を発揮する。
 表3.13 コリン作動性受容体の細分類と特性
〈ムスカリン様作用〉
  ムスカリン様作用とは、AChがムスカリン受容体に結合した際に起こる反応で、この受容体は副交感神経支配器官に存在し、副交感神経興奮薬の主作用部位となっている。また、自律神経節にも一部存在が知られている。
  このムスカリン受容体には数種のサブタイプが存在し、それぞれの受容体においてGq/11、PLCを介したPIレスポンス(IP3やDGの産生亢進、細胞内Ca2+の増加)(M1、M3)、Giを介したアデニル酸シクラーゼ抑制(M2)、Giを介した膜イオン透過性の変化(K+チャネル活性化:M2)などの細胞内反応により効果器に対する反応が現れてくる。
  存在部位 --- M1:自律神経節、中枢神経系、 M2:心臓、 M3:平滑筋、分泌腺
〈ニコチン様作用〉
  ニコチン様作用とは、AChがニコチン受容体に結合した際に起こる反応で、この受容体は自律神経節(NN)や神経筋接合部(NM)に存在し、二種のサブタイプに分けることができる。このニコチン受容体はAChの結合によりイオンチャネルが開口し、Na+やK+の透過性を亢進させ、膜の脱分極を起こし効果を発揮する。
  存在部位 --- NM:神経筋接合部、 
        NN:自律神経節、副腎髄質、中枢神経系(α7,α4β2など)


2.アセチルコリンの生合成と代謝 (図 p.59)
 アセチルコリン(ACh)はコリン作動性神経終末で、コリンアセチルトランスフェラーゼ(ChAT:コリンアセチラーゼ)の作用によってコリンとアセチル CoAより生合成され、シナプス小胞に貯蔵され、必要に応じて神経終末からシナプス間隙に遊離される。シナプス間隙に存在するAChはアセチルコリンエステラーゼ(AChE)によってコリンと酢酸に分解されて不活性化される。コリンは神経終末に再び取り込まれ、AChの生合成に利用される。この過程を阻害する薬物がヘミコリニウムである。AChはそのまま神経終末に再取り込みされることはない。

コリンエステラーゼ(ChE)は2種類ある。
・真性ChE(アセチルコリンエステラーゼ)
  主に赤血球、シナプス後膜に存在し、AChのみを分解する。
・偽性(pseude-)ChE(血漿、ブチリル、プソイドコリンエステラーゼ)
  主に肝臓、血漿中に存在し、AChの他、スキサメトニウム、プロカインなどのエステル結合をも分解する。


3.副交感神経興奮薬(コリン作動薬)
 副交感神経節後線維の効果器官に興奮的に作用する薬物を、副交感神経興奮薬またはコリン作動薬という。
 副交感神経興奮薬
  直接型:ムスカリン受容体に直接興奮的に作用する薬物
  間接型:ChEを阻害し、AChを蓄積させるもの(ChE阻害薬)

   図 副交感神経興奮薬の作用部位

@ 直接型副交感神経興奮薬
 (1) コリンエステル類
   AChはコリン作動性神経伝達物質。ムスカリン様作用とニコチン様作用を持つ。

〈ムスカリン様作用〉
  副交感神経支配効果器官に対する作用
  ・血圧下降(血管内皮細胞に作用し、一酸化窒素(NO)を放出させ血管拡張作用を示す。
    血管平滑筋のムスカリン様受容体へは、副交感神経支配が少ない。)
  ・心収縮力、心拍数低下(M2)、気管支収縮、眼内圧低下、
  ・腺分泌促進、消化管収縮、消化管運動促進、縮瞳(瞳孔括約筋の収縮)、尿量増加
〈ニコチン様作用〉
  ・自律神経節に対する作用
  ・神経筋接合部に対する作用
  ・副腎髄質からのエピネフリン遊離作用

 AChはムスカリン様作用は強いがニコチン様作用は弱いため、通常ムスカリン様作用のみが見られる。
 ニコチン様作用は、ある条件下(ムスカリン受容体遮断後)において、大量投与しなければ現われない。 図3.28
 また、AChは中枢神経系で生合成され伝達物質として働いているが、4級アンモニウム塩であるため、投与したAChは血液―脳関門は通過せず、中枢作用は認め難い。
 臨床的には作用が一過性(ChEで速やかに分解されるため)であり、かつ臓器選択性がないため、あまり応用されることはない。
 〔応用〕麻酔後の腸管麻痺、消化管機能低下による急性胃拡張、円形脱毛症など

   図3.28 AChによる血圧下降とアトロピン投与後のAChの大量投与による血圧上昇
      

AChのムスカリン作用

AChのニコチン作用

AChを投与するとムスカリン受容体が刺激を受けて血圧が下降する。

アトロピン投与によりムスカリン受容体が遮断されているが、多量のACh投与により交感神経節や副腎髄質のニコチン(NN)受容体が刺激され、血圧が上昇する。



コリン作動薬共通の副作用
 ・眼:毛様体や結膜の充血、視力低下、前房混濁、眼痛など --- 緑内障には禁忌
 ・循環器:不整脈など
 ・消化器:悪心・嘔吐、下痢など
 ・その他:喘息発作、低血圧、尿閉、流涎、発汗など --- 前立腺肥大には禁忌

 (2) 合成コリンエステル類
  アセチルコリンはChEで速やかに分解され、かつ臓器選択性がないため、臨床的に応用されにくい。その欠点を改善したものが合成コリンエステル類である。

薬物名・構造

ムスカリン作用

ニコチン作用

ChE 感受性

応用

循環器

消化管

膀胱

ベタネコール

+++

+++

++

腸管麻痺、排尿困難(尿閉)

カルバコール

+++

+++

++

+++

緑内障

メタコリン

+++

++

++



〈合成コリンエステル類の構造一活性相関〉
 アセチルコリンのアセチル基がカルバモイル基に置換されるとコリンエステラーゼ(ChE)感受性が低くなり、又、β位にメチル基が加わる(側鎖が長くなる)とニコチン様作用が減弱する。

 (3) コリン作動性アルカロイド
 

薬物名

要点

ピロカルピン

・ヤボランジ葉のアルカロイドである。
・強いムスカリン作用と弱いニコチン様作用をもつ。
・分泌腺(汗腺と唾液腺など)と眼に強い作用を示す。
 腺分泌促進作用、縮瞳、眼内圧低下、近視性調節麻痺
〔応用〕縮瞳薬、緑内障

ムスカリン

・ベニテングダケのアルカロイドである。
・AChと同様にコリン作動性神経支配下の効果器官に直接作用して興奮させる。
・自律神経節、骨格筋の終板には作用しない。

ベタネコール

・消化管機能低下による慢性胃炎、腸管麻痺、麻痺性イレウス
・低緊張性膀胱による排尿困難(尿閉)

カルバコール

・緑内障治療と診断・治療を目的とした縮瞳



A 間接型副交感神経興奮薬(コリンエステラーゼ阻害薬)
 間接型副交感神経興奮薬は、コリンエステラーゼ阻害によりシナプス間隙で ACh を蓄積させ、副交感神経支配器官のムスカリン受容体を間接的に興奮させる。
 同様に自律神経節、神経筋接合部におけるコリンエステラーゼも阻害し、興奮作用を示す。

〈ムスカリン様作用〉
  副交感神経支配効果器官に対する作用
  ・血圧下降、血管拡張
  ・徐脈(M2)、気管支収縮
  ・腺分泌促進、消化管収縮、消化管運動促進、縮瞳(瞳孔括約筋の収縮)、尿量増加
〈ニコチン様作用〉
  ・最初、骨格筋の攣縮や神経節伝達の増強、後に、脱分極性阻害薬として働き、神経伝達
   を抑制し、筋力低下を起こす。
〈中枢作用〉
  ・脳内ムスカリン様受容体に作用し、不安、振戦、運動失調、言語障害、錯乱、幻覚が現れ、昏睡、痙攣、死に至ることがある。
〈臨床応用〉
  ・緑内障、麻痺性イレウス、膀胱アトニー、重症筋無力症の診断と治療