体性神経系に作用する薬物



 体性神経系は、意識的な活動に伴う感覚や運動に関与する神経系で、興奮を中枢から末梢(骨格筋)に伝える遠心性の運動神経と、末梢(皮膚などの感覚器)から中枢に伝える求心性の知覚神経がある。骨格筋を麻痺させる薬物を筋弛緩薬といい、知覚神経を局所において麻痺させる薬物を局所麻酔薬という。

1.筋
 1.筋の分類
   筋組織:横紋筋 ―― 骨格筋(随意筋)
              心筋(不随意筋)
      :平滑筋 ――   (不随意筋)

 2.筋の性質
 @ 骨格筋
 骨格筋の筋線維は多数の核を持つ長い線維で、核はその筋線維の縁にある。この中を筋原線維が走っている。筋原線維は太いフィラメントのまわりを6本の細いフィラメントが取り巻いて横紋構造を形成している。
 太いフィラメントには、主にミオシン(分子量約500,000のたん白質)が含まれている。このミオシンはH(重)-メロミオシンとL(軽)-メロミオシンから成り、H-メロミオシンの先端にはATPaseが結合した頭部と呼ばれる部分が存在し、この部分がアクチンと結合する性質を持つ。このアクチンと結合した状態のミオシンを特にアクトミオシンという。
 細いフィラメントには、主にアクチン(分子量約42,000の球状たん白質)(G-アクチン)が含まれる。G-アクチンが重合して線維状のF-アクチン(アクチン線維)を形成する。この細いフィラメントは2本のF-アクチンがより合ったもの(アクチンフィラメント)の一定の部分にトロポミオシン、トロポニンが加わってできたものである。
 A 心筋
 心筋は、骨格筋と同様に横紋構造を示すが、骨格筋よりも横紋筋線維が豊富である。心筋の細胞は光輝線によって境されていて核はその筋線維の中央にある。
 B 平滑筋
 平滑筋とは一般的には横紋構造を持たない筋をいう。これは骨格筋同様二本のフィラメントを持つがその配列が不規則なためである。その筋細胞は紡錘形でその中央に細長い核を持つ。平滑筋は消化管、血管等を形成している。

 3.興奮−収縮連関
 骨格筋を刺激すると原形質膜(筋鞘)の電位変化が起こり、その数ミリ秒後に、筋収縮という実質的な変化が起こる。この間をつなぐ過程を興奮−収縮連関という。
 筋収縮はアクチン、ミオシンがATPと微量のCa2+、Mg2+の存在下で反応して起こる。ミオシン頭部のATPaseの活性化はMg2+濃度に左右され、Mg2+濃度が高ければATPase活性は抑制されるが、これに対してCa2+は拮抗的に作用する。
 種々の刺激により筋細胞内に生じた電位変化は横行小管(T管)から筋小胞体へと伝えられ、この刺激により筋小胞体からCa2+が遊離される。Ca2+がトロポニンに結合すると抑制がとれATPase活性が高まり、ATPはATPaseによってADPとリン酸に分解される。その結果、ミオシンが活性化し、アクチンとのすべり込みが起こり筋が収縮する。これが興奮−収縮連関である。これは横行小管や筋小胞体が十分発達していない心筋の収縮や平滑筋の収縮ではそのまま当てはまらない。

〈骨格筋でのATP産生〉
 ・クレアチンリン酸 ――(クレアチンホスホキナーゼ) ―→ クレアチン
 ・グリコーゲン ――(ホスホリラーゼ)→ グルコース ――(乳酸脱水素酵素)―→ 乳酸
 ・その他、骨格筋細胞内のミトコンドリアのよる酸化的リン酸化によっても ATP を産生。

〈骨格筋の収縮機構〉
 骨格筋刺激 ―→ 電位変化発生 ―→ 筋小胞体 ―→ Ca2+放出 ―→ Ca2+-卜ロポニン
             (横行小管(T管))
    ―→ アクチン活性化 ―→ アクチン-ミオシン結合(すべり込み) ―→ 筋収縮
  トロポミオシン

 このアクチン-ミオシン系における収縮では、太いフィラメントと細いフィラメントが相互にすべり込みを起こし筋が収縮する。各フィラメント自身の長さは変化しない。(A帯の距離は変わらず、H帯の間隔が狭くなる)

 4.骨格筋収縮の種類
 @ 等張性収縮と等尺性収縮
 等張性収縮とは、筋の一端を固定し、他方におもりをつけて刺激を与えた場合の短縮をいう。これは筋肉内の圧力や緊張は変わらず筋の長さが変化し運動が生じる。
 等尺性収縮とは筋の両端を固定し刺激を与えた場合の収縮をいう。これは筋の長さは変化せず、張力のみが増加する。そのため等張性収縮のように運動は生じない。
 A 単収縮と強縮
 単収縮とは、単一刺激によって生じる1回の筋の収縮もしくは、弛緩の過程を言う。
 この単収縮とは単一筋線維においてある一定のレベル(閾値)以上の刺激がなければ発生することはないが、刺激がそのレベル以上のものであれば、たとえどのように強い刺激であっても弱い刺激であっても全て同じ収縮を示す。これを、全か無の法則(all or none)という。これは心筋においても成立する。
 単一筋線維においては全か無の法則に従うが、これが全筋あるいは筋束の場合にはそれぞれの筋線維によって閾値が異なるため全か無の法則には従わない。刺激を強くすることにより収縮する筋線維が増加してくるので刺激に対して収縮は段階的に現われてくる。
 適当な間隔をおいて筋に刺激を与えると収縮が加重し、単収縮より大きな収縮が現われる。これを強縮という。長い間隔で刺激を与え、単収縮が完全に融合されないものを不完全強縮、短い間隔で刺激を与え単収縮が完全に融合され、なめらかな収縮曲線を描くものを完全強縮という。この強縮は心筋では現れない。

2.骨格筋に作用する薬物

1.神経筋接合部
 運動神経末端と骨格筋との接合部を神経筋接合部という。神経筋接合部において運動神経は髄鞘を失い、分枝して、筋線維膜の中に埋め込まれるように入り込み、終板に近づく。

endplate
  図:神経筋接合部
   

 運動神経終末部には、化学伝達物質であるアセチルコリン(ACh)を貯蔵するシナプス小胞がある。この部位での興奮伝達は、次の順序で起こり、筋は収縮する。
  @ 運動神経終末より放出されたAChがニコチンNM受容体を刺激
neuromuscle
    →Na+の流入(終板電位の発生)
  A 終板電位が閾値に到達すると骨格筋細胞膜のNa+チャネルが開き、Na+が流入
   (細胞膜での活動電位の発生)
  B 活動電位がT管を介して筋小胞体へ伝わる。
  C 筋小胞体からCa2+が遊離する。
  D Ca2+がトロポニンと結合する。
  E トロポニン、トロポミオシンによるアクチンとミオシンの結合抑制が解除され、アクチンとミオシンが結合する。
  F ミオシンがATPのエネルギーを消費してアクチンをたぐりよせる。
    (滑り込み = 骨格筋の収縮)

2.骨格筋弛緩薬の分類
  骨格筋弛緩薬: 末梢性筋弛緩薬 --- 競合拮抗型筋弛緩薬
                  --- 脱分極型筋弛緩薬
          中枢性筋弛緩薬
末梢性筋弛緩薬
 神経筋接合部に作用して、中枢からのインパルスを遮断することによって骨格筋を弛緩させる薬物を末梢性筋弛緩薬という。

 作用部位による末梢性筋弛緩薬の分類
  @ AChの生合成を阻害するもの
   ・コリンの取り込みを阻害する --- ヘミコリニウム
  A AChの終末からの放出を阻害するもの
   ・神経線維の活動電位の発生を阻止する --- テトロドトキシン、プロカイン
   ・Ca2+と拮抗してAChの放出を阻止する --- Mg2+、アミノグリコシド系抗生物質
  B 終板のAChと受容体との結合を競合的に阻害するもの
     --- d-ツボクラリン、アルクロニウム、パンクロニウム
  C ACh受容体に作用し、終板の持続的脱分極を起こすもの --- スキサメトニウム
  D 筋小胞体からCa2+の遊離を抑制するもの --- ダントロレンナトリウム

  

塩化ツボクラリン(クラーレ)

塩化スキサメトニウム

作用

競合的拮抗

脱分極性遮断

持続時間

30分程度

非常に短い(1〜5分)

代謝

肝で代謝(60%)
未変化体で尿に排泄(30%)

血漿コリンエステラーゼにより分解(コリンとコハク酸)

解毒剤

コリンエステラーゼ阻害剤
 (ネオスチグミンなど)

なし(コリンエステラーゼ阻害剤使用で悪化)
遺伝的に非特異的コリンエステラーゼの低い人,肝障害の場合は注意

適用

・外科的手術時の筋弛緩のため麻酔薬と併用
・気管内の挿管時
・骨折,脱臼時の整復時

同左

その他

ヒスタミン遊離作用があるのでアレルギー患者には禁忌

緑内障には禁忌

類似薬

ガラミン,β-エリスロイジン

デカメトニウム



 @ 競合拮抗型筋弛緩薬
 終板のニコチンNM受容体をAChと競合して占領し、AChによる興奮伝達を遮断する。コリンエステラーゼ(ChE)阻害薬を投与してAChの分解を抑え、シナプス間隙のACh濃度を高めると、受容体はこれと反応して、筋は再び収縮する。

 d-ツボクラリン:ツヅラフジ科の樹皮から得た矢毒クラーレの成分である。
 

薬理作用

・神経筋接合部の終板のアセチルコリン受容体(ニコチンNM受容体)を競合的に遮断して筋弛緩をきたす。
(興奮−収縮連関には作用しないので、筋直接刺激による収縮は抑制しない。)
・多量で自律神経節も遮断する。
・作用時間が短く(神経筋接合部から他の組織に速やかに再分配される)、30分以下である。

副作用

・呼吸麻痺(呼吸筋の麻痺による)
  解毒薬には、 ChE 阻害薬(ネオスチグミンなど)が用いられ、その場合、アトロピンが併用される。
・ヒスタミン遊離作用があるため、低血圧、気管支けいれんなどを起こす。

その他

・消化管から吸収されないので、経口投与は無効。
・4級アンモニウム塩であるため、血液−脳関門は通過しない。

相互作用

・コリンエステラーゼ阻害薬は、d-ツボクラリンの筋弛緩作用を弱める。
・ストレプトマイシン、カナマイシンは、AChの遊離を阻害するので、d-ツボクラリンの筋弛緩作用を増強する。
・低カリウム血症をきたす薬物は、d-ツボクラリンの筋弛緩作用を増強する。
・キニジンは、d-ツボクラリンの筋弛緩作用を増強する。
・エーテル、ハロタンとの併用で作用が増強される。
・脱分極性筋弛緩薬と併用するとd-ツボクラリンの作用は無効又は減弱する。



 

パンクロニウム
薬理作用

・作用はツボクラリンの約5倍。
・持続時間は長い(約60分)。
・ヒスタミン遊離作用は持たない。
・ステロイド骨格を有する。

ベクロニウム
薬理作用

・作用はツボクラリンの約8倍。
・持続時間は短い(約20-30分)。







表 競合型と脱分極型筋弛緩薬の作用比較
 

競合性

脱分極性

第 I 相

第 II 相

作用点

終板のニコチン性受容体

終板電位に対する作用
コリンエステラーゼ阻害の影響
競合性遮断薬前処置の影響
脱分極性遮断薬前処置の影響
筋選択性
体温低下の影響
回復時間

抑制
拮抗
協力
無効または拮抗
呼吸筋 > 四肢筋
減弱
30-60分

脱分極
増強
拮抗
タキフィラキシー
呼吸筋 < 四肢筋
増強
4-8分

抑制
拮抗
増強
増強
呼吸筋 < 四肢筋
増強
20分以上

 
relaxant
A 脱分極型筋弛緩薬
 終板のニコチンNM受容体に結合し、AChと同様に脱分極を起こすが、これが持続的なため次のインパルスが伝達されずに筋弛緩を起こす。このため脱分極初期に一過性の筋収縮が起こり、次いで筋弛緩が現れる。
 

薬理作用

・終板遮断(持続的脱分極)により筋弛緩を起こす。(筋弛緩の前に一過性筋収縮が起こる。)
 (興奮−収縮連関には作用しないので、筋直接刺激による収縮は抑制しない。)
・作用発現は極めて速く、また血漿コリンエステラーゼで速やかに分解されるため、作用持続時間は極めて短い。(コリンとコハク酸に分解される。)

副作用

・呼吸麻痺(解毒薬はなし、人工呼吸を行う。)
  遺伝的に血漿コリンエステラーゼ活性の低い人は発現しやすい。
  ChE阻害薬は分解を阻止するため作用を増強するので、解毒薬にはならない。

その他

・消化管から吸収されないので、経口投与は無効。
・4級アンモニウム塩であるため、血液−脳関門は通過しない。
・外眼筋の拘縮により眼内圧上昇(緑内障に禁忌)

相互作用

・プロカインも血漿コリンエステラーゼで分解され、スキサメトニウムの分解を遅らせるので、筋弛緩作用は増強される。
・コリンエステラーゼ阻害薬により、筋弛緩作用は増強する。
・ストレプトマイシン、カナマイシンは筋弛緩作用を増強する。



B その他の末梢性筋弛緩薬
 

薬物名・構造

要点 

ダントロレンナトリウム

・興奮収縮連関に対する抑制作用。
・骨格筋細胞膜において、筋小胞体に伝えられる過程を抑制することにより、筋小胞体からCa2+の遊離を抑制し、筋収縮を抑制する。(筋の活動電位は抑制しない)
(運動神経刺激による筋収縮及び骨格筋直接刺激による筋収縮のいずれも抑制できる。)
・全身麻酔時に見られる悪性高熱症や悪性症候群の筋硬直に適用。

テトロドトキシン

・フグ中毒の原因物質である。
・神経細胞膜のNa+透過性を抑制し、活動電位発生を阻止して、神経軸索の伝導を遮断し、神経筋接合部では神経終末のACh遊離を阻害する。
・中毒死の原因は、呼吸麻痺である。

ヘミコリニウム

・神経終末へのコリン取込みを阻害して、ACh合成を抑える。

ボツリヌストキシン

Clostridium butulinumの外毒素で、しばしば食中毒の原因になる。
・神経終末からのACh遊離を阻止する。
・重篤な中毒症としては、呼吸麻庫がある。
・A型ボツリヌス毒素は眼瞼痙れんに適用。

マグネシウム塩

・伝達物質を遊離するために必要なCa2+の神経終末への流入を抑制しAChの放出を抑制する。

ストレプトマイシン
カナマイシン

・アミノグリコシド系抗生物質
・AChの放出を抑制する。



中枢性筋弛緩薬

 神経筋接合部や大脳皮質には作用せず、主に脊髄における多シナプス反射、単シナプス反射を抑制し筋弛緩を起こす薬物を中枢性筋弛緩薬という。
 @ 骨格筋の緊張調節
 骨格筋の緊張調節は脊髄前柱に神経細胞を持つα運動ニューロンともう一つ小型の γ運動ニューロンによって支配されている。
 γ運動ニューロン(γ線維)は、筋紡錘や腱紡錘にある錘内筋細胞という感覚受容器を支配している。ここから求心性神経線維( I 線維:筋紡錘から出るもの:Ia、腱紡錘から出るもの:Ib)が脊髄に戻る。脊髄後根から入ったI 線維は前柱にある運動神経細胞に続き、α運動ニューロン(α線維)へと興奮を伝える。
 つまり、筋紡錘や腱紡錘は骨格筋の伸展を I 線維を通じて脊髄に伝え、α運動ニューロンの興奮を起こし筋を収縮させる。このγ運動ニューロンからα運動ニューロンまでの経路をガンマ環といい、I 線維から直接(1個のシナプスで)α運動ニューロンヘ興奮を伝える反射を単シナプス反射、介在ニューロンを経由して(2個以上のシナプス)で起こる反射を多シナプス反射という。

〔脊髄反射について〕
 知覚末端の刺激が求心性神経により脊髄後根から脊髄内に入り、前角の運動神経細胞に伝達され、遠心性運動神経を経て、インパルスが筋肉に伝わる。これを脊髄反射という。
 求心性線維のインパルスが脊髄の運動ニューロンに直接接続して起こる反射を単シナプス反射という。膝蓋腱反射が該当する。
 脊髄内の数個のシナプスを経由して起こる反射を、多シナプス反射という。

 A 中枢性筋弛緩薬
 

薬物名・構造

要点 

メフェネシン

・脊髄の多シナプス反射の経路における介在ニューロンを強く抑制して筋弛緩を起こす。
・ストリキニーネによる痙れんによく拮抗する。
・単シナプス反射は抑制しない。

クロルフェネシン

・メフェネシンと同様の作用を持つ。

ベンゾジアゼピン系薬物

・多シナプス反射を抑制する。

チザニジン

・多シナプス反射を抑制する。
・イミダゾール誘導体。

トルペリゾン
エピリゾン
アフロクァロン

・単シナプス反射及び多シナプス反射を抑制する。

バクロフェン

・単シナプス反射及び多ンナプス反射を抑制する。
・抑制性伝達物質GABA(γ-アミノ酪酸)の誘導体。
・GABAB受容体を刺激し、 運動ニューロンを抑制する。
・脳卒中後遺症による骨格筋のけい縮に応用。