ヘルシンキ宣言(和訳)
ヒトを対象とする生物医学的研究に携わる医師のための勧告
1964年世界医師会総会(フィンランド、ヘルシンキ)で採択
(1975年東京、1983年ベニス、1989年香港、1996年南アフリカにて改訂)
医師の使命は人々の健康を守ることにある。医師は、この使命遂行のために、自分自身の知識と良心を捧げるものである。
世界医師会のジュネーブ宣言は、「医師は、まず第一に患者の健康について関心を払う」という言葉で医師にこのことを義務づけているし、また、医の倫理の国際コードでは、「患者の身体的、精神的抵抗力を弱めるかもしれないような医療行為は、患者の利益になるときのみ利用すべきである」と明言している。
ヒトを対象とする生物医学的研究の目的は、疾病の診断、治療及び予防方法の改善を意図するものであり、そして、病気の原因と病理についての理解を深めるものでなければならない。
今日の実地医療においては、大部分の診断的、治療的または予防的な手段は予測できない危険を伴うものであるが、このことは、ヒトを対象とする生物医学的研究の場合には特に当てはまる事実である。
医学の進歩は、研究の成果に基づいているのであるが、これらの研究は一部分なりとも最終的にはヒトを対象とした試験によらなければ医学の進歩に寄与するものにならないことも事実である。
ヒトを対象とした生物医学的研究の分野においては、本質的に、患者のための診断や治療を目的とする医学的研究と、その本質的目的が純粋に学術的で、被験者にとっては診断や治療上の直接的な価値が認められない医学研究の2種類があるが、このふたつの間には、根本的な差異のあることを認識しなければならない。環境に影響を及ぼす可能性のある研究の実施にあたっては、特別の配慮が払われる必要がある。また、研究に用いられる動物の福祉も尊重されるべきである。
一方、学術的な知識を深め、かつ、苦しんでいる人々を助けるためには、研究室での試験から得られた成果をヒトに応用することも必要欠くべからざるものであることから、世界医師会はヒトを対象とした生物医学的研究に携わる医師の手引きとして以下のような勧告を作成した。本勧告は今後も引き続き検討され、必要に応じ改訂されなければならない。ここに起草された基準は、全世界の医師のための単なる手引きにすぎないことを強調しておかなければならない。従って、これにより医師が自分自身の国の法律に規定されている刑事上、民事上および倫理上の責任から免れうるというものではない。
[1] 基本原則
1)
ヒトを対象とする生物医学的研究は、広く一般的に受け入れられている科学的原則に合致して行われ、適切に行われた研究室における試験と動物実験に基づいたうえで、さらに科学的文献による検討を経て行われなければならない。
2)
ヒトを対象とするひとつひとつの研究の計画とその実施手順は、研究計画書に明確に記載されていなければならず、この研究計画書は、第三者からの考察、論評、指導を受けるために、研究が行われる国の法規制にこの独立した委員会が従っているという条件で、研究者やスポンサーから独立して設置されている委員会(倫理委員会や治験審査委員会)に諮られなければならない。
3)
ヒトを対象とする生物医学的研究は、十分な臨床的能力のある医師の監督の下に、科学的な資格を有する人々によって、行われなければならない。また、研究対象となったヒトに対する責任は、つねに医学的資格を有する者が負うべきであり、たとえ、その被験者が研究の参加に同意していたとしても、その被験者に責任を負わせることはできない。
4)
ヒトを対象とする生物医学的研究は、その研究の重要性が、被験者に起こり得る危険性に見合うものかどうかを十分比較考慮したうえでなければ、合法的に行うことはできないものである。
5)
どのような生物医学的研究においても、その研究計画を作成する前に、被験者等に対して期待される利益と、予想される危険性とを細心の注意をもって比較考慮しなければならない。被験者の利益への配慮は、科学と社会の利益に常に優先されなければならない。
6)
被験者が自分自身の統合性を保全する権利は、つねに尊重されねばならない。被験者のプライバシーを尊重するとともに、研究が被験者に及ぼす身体的、精神的統合性に及ぼす影響やその性格、個性に対して研究が及ぼす影響を最小限にとどめるためにも、あらゆる注意が払われている必要がある。
7)
医師は、研究に随伴する危険性を、自信をもって予知できない場合は、研究に従事することを差し控えるべきである。また、研究に随伴する危険性が、考えられる利益よりも大きいということが判明した場合、医師はいかなる研究も中止しなくてはならない。
8)
研究成果の発表に際しては、医師は正確な結果を発表する義務がある。この宣言に述べられている原則に従わずに行われた研究の報告は専門雑誌等への掲載が拒否されなくてはならない。
9)
ヒトを対象とする研究においては、被験者は当該研究について、その目的、方法、予期される利益とその研究がもたらすかも知れない危険性及び不快さについて、十分な説明を受けなければならない。被験者は、当該研究に参加しない自由を持ち、また、参加しても、いつでもその同意を撤回できる自由があることを知らされなければならない。従って、医師は被験者の自由意思によるインフォームド・コンセント(十分に知らされたうえでの同意)を、できれば書面で入手しておくべきである。
10)
被験者のインフォームド・コンセントを得る際には、医師は、被験者が医師と依存関係にある場合や強制されて同意する可能性のある場合には、特に、慎重に考慮しなければならない。このような場合のインフォームド・コンセントは、当該研究に従事していない、職務上も全く無関係な別の医師によって求められなければならない。
11)
法律上、同意の能力を欠いた被験者の場合、インフォームド・コンセントは、それぞれの国の法律に準拠して、法定代理人等から入手すべきである。被験者が身体的、精神的無能力者や未成年者であるため、インフォームド・コンセントを得ることが不可能な場合は、その国の法律に準拠して、被験者に代わって同意をなしうる親族等による同意が被験者の同意の代わりとなりうる。しかし、未成年者であっても、本人から同意が得られる状況においては、法的保護者からの同意を入手するばかりでなく、未成年者本人からも同意を得る必要がある。
12)
研究計画書には、この宣言に盛られている倫理的配慮に関する記述がつねに含まれており、かつこの宣言にある基本原則に従って、研究が行われるものであることが明記されていなければならない。
[2] 専門的な医療の一部としての医学研究(臨床研究)
1)
新しい診断法や治療法が患者の救命や、健康の回復又は苦痛の軽減に役立つと判断した場合においては、医師には、患者の治療に際して、これらを行う自由がなければならない。
2)
新しい方法を治療に応用する場合には、予想される効果、危険性及び不快さを、現行の最善の診断法や治療法による利点と比較考慮しなければならない。
3)
いかなる医学研究においても、対照群に割り付けられた患者も含めて、現行の最も有効と考えられる診断法や治療法を受けることができるという保証が与えられなければならない。*ただし、まだ診断法や治療法が立していない領域での医学研究において、活性を示さないプラセボの使用を禁ずるものではない。
4)
患者が研究に参加することを拒否したとしても、拒否したことによって決して患者と医師という大切な関係を損なってはならない。
5)
もし、医師がインフォームド・コンセントを得ることが必要でないと考える場合においては、そのように考えた特別な理由を基本原則の2)に規定したる独立した委員会に説明するために、研究計画書にそのことを明記しておかなくてはならない。
6)
医師は、ヒトを対象とする生物医学的研究を専門的な医療の一部として行うことができるが、この場合、その目的は新しい医学的知識をうるこ・とにあると考えられる。しかし、このような場合もその研究が患者に対して潜在的な診断的又は治療的価値があることが理由づけられる場合に限られるべきものである。
[3] 医療と関係のないヒトにおける生物医学的研究(非臨床的生物医学的研究)
1)
純粋に学術的応用のための医学研究がヒトにおいて行われている場合、その被験者の生命と健康の擁護者になるのは医師の義務である。
2)
このような場合の被験者は、健康人の場合にしろ、あるいは患者にしても研究計画がその病気と関係ない場合は、いずれも自発的意思により研究に参加するものでなければならない。
3)
研究者等は、研究を続けることが被験者に害を及ぼすおそれがあると判断した場合は、研究を中止すべきである。
4)
ヒトの研究においては、科学的、社会的な利益が、個々の被験者の福利に対する配慮よりも優先されるということが絶対にあってはならない。
出典「新薬臨床評価ガイドライン1995」日本公定書協会編(薬事日報社)より
*本文章は、1996年の南アフリカ総会で追加され、和訳の公表が後日となるため、製薬株式会社で和訳したものである。(以下が当該部分の原文)
3) In any medical study, every patient -i ncluding those of a
control group, if any - should be assured of the best proven
diagnostic and therapeutic method. This does not exclude the use
of inert placebo in studies where no proven diagnosic or therapeutic
method exists.