更新:平成17年9月15日
薬学ハイテク・リサーチ・センター整備事業
「環境重視型創薬研究プロジェクト」
平成16年度研究成果報告書(転載)
植物資源から新規発がん抑制シーズ分子の探索
新規化合物の単離・構造決定と生物活性評価
薬化学研究室 古川 宏,井藤 千裕
○ミカン科Murraya属植物から新しいクマリンの単離
(1)M. exotica から新しい二量体クマリンの単離
石垣島で採集したミカン科植物Murraya exoticaの葉部より、2種の新しいビクマリン murradimerin A, murramarin
Bを単離・構造決定した。このうちmurramarin Bはオルトエステル結合で2個のクマリン骨格が結合したものである。この結合様式はフロクマリン二量体についてのみ知られていたものであり、単純クマリン二量体の結合様式としては最初の例である。
(2)M. siamensis から新しいC10テルペノイドクマリンの単離
タイで採集した Murraya siamensis の葉部から、エーテル結合した炭素10個のテルペノイド側鎖を持つ3種の新しいクマリン
murrayacoumarin A, B, Cを単離・構造決定した。また、この植物から単離した構造既知のクマリンも含め7種の化合物について、抗発がんプロモーション抑制活性試験を実施したところ、
murrayacoumarin Aに非常に強い活性(IC50 230Mol ratio/32pmol TPA)を認めた。
○ミカン科Glycosmis属植物から新しいカルバゾールアルカロイドの単離
ミカン科Glycosmis属植物は、生合成的にはアントラニル酸から誘導されるアルカロイド類を豊富に含む植物として知られている。今回、バングラデッシュで採集したミカン科植物Glycosmis
arboreaの枝部より新しいカルバゾールアルカロイド3種glybomine A〜Cを単離構造決定した。この内、glybomine Aは2、5位に酸素官能基を持つカルバゾールアルカロイドとして最初のものである。また、この植物から単離したアルカロイド類
(carbazoles, furoquinolines, acridone, quinazoline)9種について発がんプロモーション抑制活性試験を実施した結果、いずれも、基準としたb-caroteneと同等の活性を示した。
○マメ科ドクフジから5種の新しいイソフラボノイドの単離と発がんプロモーション抑制活性
ドクフジ Millettia taiwaniana Hayata は台湾原産の植物でその乾燥根は「魚藤根」と呼ばれ、Derris属植物デリス根と同様ロテノン類を含み魚毒として用いられてきた。
今回、本邦産植物の枝部について成分検索を行い5種の新しいイソフラボノイド
millewanin A〜Eを単離・構造決定するとともに、同時に主成分である既知のイソフラボノイドauriculasinについてマウス皮膚2段階発がん抑制試験を実施した結果、コントロール群に比べて、顕著に腫瘍発生を押さえることを認めた。
○ミカン科Orixa属植物から新しいキノリンアルカロイドの単離とNO産生抑制活性
ミカン科コクサギ属植物コクサギ(小臭木)Orixa japonica は、強い悪臭を持つ低木で、中国では根部を風邪、喉の痛み、胃痛に用い、若葉は有毒であるが水に良くさらして食用にされることもあるという。
今回, 岐阜県可児市で採集した本植物の枝部について成分を検索し、4種の新しいキノロンアルカロイドorixalone A〜D を単離・構造決定した。
近年,マクロファージからの過剰な一酸化窒素(NO)の産生が炎症の増悪因子として注目されており、誘導型一酸化窒素合成酵素(iNOS)を介して産生される過剰なNOは、
各種臓器障害やショック症状を引き起こすことが知られている。また、NOは発がん性を有するニトロソ化合物を生成することから、発がんへの関与も示唆されている。以上のことから、iNOSの誘導または活性を抑制するような化合物は、エンドトキシンショック、
敗血症、リュウマチなどの急性あるいは慢性炎症の治療薬として、あるいはがん予防薬として期待されている。
今回単離したorixalone Aなど4種のキノリンアルカロイドについてNO産生抑制活性試験を行った結果、orixalone A は、細胞生存率90%
以上の条件下、10μM、50μMの各濃度においてNO産生をそれぞれ47%、55%抑制することを見いだした。したがって、この化合物は過剰なNO産生を抑制することにより、抗炎症作用、さらにはがん予防作用を示すことが期待される。
○シキミ科Illicium属植物に含まれるフィトキノイドおよびフェニルプロパノイドの発がんプロモーション抑制活性
シキミ科(Illiciaceae)シキミ(Illicium)属植物は我が国の本州中部以南の温暖な地に自生する常緑植物で、寺院や墓地に良く栽培されているほか、仏事の際の飾り花としてもよく見かけられる。果実は有毒化合物
anisatinを含み、中約大辞典には「土八角」「八角茴香」として掲載されている。
我々は、以前、この属の植物の葉部の成分を検索し、特異な構造を持った多数のphytoquinoidsを単離・構造決定していた。1) 今回、その内の7種のphytoquinoids、および同時に単離した6種のphenylpropanoidsについて、発がんプロモーション抑制活性試験を行ったところ、phenylpropanoidsの内、1、2には比較的強い活性を認めたが、illicinone
A (3), illifunone A (4)などの phytoquinoidsには強い活性はみとめられなかった。
1) K. Yakushijin, J. Sekikawa, R. Suzuki, T. Morishita,
H. Furukawa, H. Murata, Chem. Pharm. Bull., 28, 1951-1954 (1980); K. Yakushijin,
T. Tohshima, R. Suzuki, H. Murata, S.-T. Lu, H. Furukawa, Chem. Pharm. Bull.,
31, 2879-2883 (1983); K. Yakushijin, T. Tohshima, E. Kitagawa, R. Suzuki, J.
Sekikawa, T. Morishita, H. Murata, S.-T. Lu, H. Furukawa, Chem. Pharm. Bull.,
32, 11-22 (1984); K. Yakushijin, H. Furukawa, T. McPhail, Chem. Pharm. Bull.,
32, 23-30 (1984)
○抗白血病効果を持つCalanolide coumarin
GUT-70(仮称)の発見
オトギリソウ科Calophyllum(テリハボク)属植物は熱帯地方に広く分布する常緑喬木であり、4位に置換基を持つ特異な構造を持つクマリンを含むことが古くから知られており、それらのクマリンをCalophyllumクマリンと総称して呼ばれている。また、4位の置換基の種類により、calanolide系(4-propyl)、inophyllum
系(4-phenyl)、cordatolide系(4-methyl)の3種に分類されている。
1992年National Cancer Institute (NCI, USA)による広汎な生物活性スクリーニングの結果、calanolide系クマリンに顕著な抗HIV-1活性が見いだされたことから、Calophyllumクマリンが注目されるようになり、Calophyllum属植物から多数のCalophyllumクマリンが単離・構造決定されるとともに、合成研究が行われるようになった。すでに我々は数種のCalophyllum属植物の成分を検索し、多数のCalophyllumクマリンを単離するとともに、その内のいくつかのinophyllum系クマリンが強い発がんプロモーション抑制活性を示すことを報告してきた。
今回、ブラジル産Calophyllum brasiliense CAMB.から単離したcalanolide系Calophyllumクマリン GUT-70(仮称)について、慢性骨髄性白血病患者の急性転化期から樹立された細胞株BV173に対する増殖抑制活性を調べたところ、顕著な抑制効果が認められた。また、この化合物は、P糖蛋白高発現株
K562/D1-9 に対しても効果を示したことから、P糖蛋白によって GUT-70 はくみ出されないと推測され、さらに、正常造血幹細胞に対して30μMまでは毒性が認めなかったことから安全性も証明された。以上のことから、GUT-70は骨髄毒性を示さない低濃度で抗腫瘍活性を有し、多剤耐性株にも有効であり、また、p53の誘導を介せずに効果を示すことから、より多くの難治性白血病にも有効な化合物となりうる可能性を見いだした。
(本研究は、京都大学医学部付属病院輸血部において、前川 平教授、木村晋也博士らの下で行われたものである)
○Calophyllumクマリン(4-アルキル置換クマリン)類の抗白血病活性
Calophyllumクマリン類に強い白血病細胞増殖抑制活性の認められたことから類似の4-置換クマリンを合成し構造活性相関を検討した。先の活性化合物GUT-70の構造を考慮し、5,7-dimethoxycoumarinを基本骨格として、4位および8位に置換基を持つ幾つかの化合物についてそれらの活性を検討した。
4位置換基・・methyl基、n-propyl基、phenyl基、または無置換
8位置換基・・8-tigloyl (E-2-methyl-2-butenoyl)基、8-angeloyl (Z-2-methyl-2-butenoyl)基,
3-methyl-2-butenoyl基
その結果、
(1)8位のこれらの置換基の種類にかかわらず、4位にアルキル置換基を持たないクマリンではまったく抑制活性がみられなかった。
(2)天然物GUT-70と同じ8-tigloyl基を持つ4-アルキル化合物のいずれにも活性が認められた。
(3)8位の置換基を3,3-dimethylbutenoyl基に換えても抑制活性は認められた。(4)8-angeloyl基の場合、抑制活性は他に比して弱くなった。
しかし、合成したいずれのクマリン誘導体も天然物GUT-70に匹敵する活性を示さなかったことから、GUT-70の構造に存在するジメチルピラン環が活性に寄与している可能性が考えられた。(未発表)