オピオイドによる脳機能の調節
名城大学薬学部 薬品作用学研究室
鵜 飼 良
オピオイド(麻薬およびその類似物質)は,痛覚伝導路を選択的に遮断することによって鎮痛作用を示すが,同時に精神機能にも影響する.事実,痛みには情動反応が伴う.したがって,オピオイドの作用メカニズムを追究する際には,痛覚伝導路に対する遮断作用とともに,精神機能に対する調節作用を明確にすることが重要であると思われる.
オピオイド受容体(μ,δおよびκ)は,痛覚伝導路のほかに精神機能と密接に関連する脳部位にも高濃度に分布している.今回は,オピオイドによる脳機能の調節機構を明確にするため,特に短期記憶と覚醒剤中毒に及ぼすオピオイド受容体作動薬の作用に着目した.
1.短期記憶に対するオピオイド受容体作動薬の作用
(1)短期記憶に対するDAMGO ([D-Ala2,NMePhe4,Gly-ol]enkephalin) の作用
μ-オピオイド受容体作動薬DAMGOは,短期記憶を用量依存的に障害させた.
μ-オピオイド受容体拮抗薬β-funaltrexamineは,DAMGO投与による短期記憶障害をほぼ完全に抑制したが,その単独投与は短期記憶に何ら影響しなかった. したがって,DAMGOにより誘発される短期記憶障害は,μ-オピオイド受容体を介したものであると考えられる.
(2)DAMGO誘発短期記憶障害に対するdynorphin A-(1-13)の作用
κ-オピオイド受容体作動薬dynorphin A-(1-13)は,DAMGO による短期記憶障害を有意に抑制した.一方,dynorphin A-(1-13) はDAMGOとの併用により自発運動を用量依存的に減少させる傾向を示した.
2.覚醒剤精神病に対するDAMGOおよびdynorphin A-(1-13) の作用
DAMGOあるいはdynorphin A-(1-13) を投与すると,覚醒剤methamphetamineによる中毒症状は用量依存的に減弱した.また,DAMGO あるいはdynorphin A-(1-13) の抑制作用は,DAMGOあるいはdynorphin A-(1-13) の3週間の休薬により消失した.
以上の成績は,κ-オピオイド受容体作動薬が抗痴呆薬,さらにκ-および μ-オピオイド受容体作動薬が抗精神病薬と類似した精神薬理作用を有することを示している.したがって,オピオイドによる疼痛制御には,高次脳機能調節作用が密接に関連している可能性が示唆される.