学習・記憶障害モデル動物に対するκ-オピオイド
受容体作動薬の作用
名城大学薬学部薬品作用学教室 平松正行
【目的】我々はこれまでに、κ-オピオイド受容体のアゴニストがコリン作動性神経系の機能低下に伴う学習・記憶障害を改善することを報告してきた。本研究では、コリン作動性神経系の機能障害を伴う学習・記憶障害モデルである一酸化炭素負荷誘発健忘モデルを用い、κ-オピオイド受容体アゴニストであるdynorphin A-(1-13) または U-50,488H の学習・記憶障害改善作用機構を、行動薬理学的または生化学的に検討した。
【方法】実験には ddY 系雄性マウス(30-40 g)を用いた。マウスに一酸化炭素を負荷し、一酸化炭素負荷5日後にY字型迷路を、7日後にステップダウン型受動的回避学習を行った。受動的回避学習の訓練試行では、マウスに間欠的な電気ショックを負荷し、24時間後に保持試行を行った。また、一酸化炭素負荷7日後に断頭により脳を摘出し、海馬、大脳皮質、線条体を摘出した。その後、アセチルコリン含量やコリンアセチルトランスフェラーゼ (ChAT) 活性の測定、およびそれぞれの組織切片からのアセチルコリン遊離量を高速液体クロマトグラフィーにより測定した。なお、dynorphin A-(1-13) および U-50,488Hは、行動実験または断頭する15または25分前にそれぞれ側脳室内または皮下に投与した。
【結果】Dynorphin A-(1-13) および U-50,488H は、一酸化炭素負荷により発現する遅発性の学習・記憶障害を改善した。この作用は、κ-オピオイド受容体拮抗薬である、nor-binaltorphimine により拮抗された。Dynorphin A-(1-13) による学習・記憶障害の改善作用機序を検討する目的で、一酸化炭素負荷7日後の脳内のアセチルコリン含量、アセチルコリンの基礎遊離量および アセチルコリン合成酵素であるChAT 活性の測定を行った。一酸化炭素を負荷されたマウス脳において、アセチルコリン含量、アセチルコリンの基礎遊離量および ChAT 活性には、著明な変化は認められなかった。しかし、高カリウム刺激により遊離されるアセチルコリン量は、一酸化炭素を負荷した海馬切片で、有意に低値を示した。正常マウスにdynorphin A (1-13) を投与すると、海馬のアセチルコリン含量が増加したが、一酸化炭素を負荷したマウスではこのような作用は認められなかった。
【考察】κ-オピオイド受容体アゴニストは、一酸化炭素負荷により惹起される学習・記憶障害を、行動量および電気刺激に対する感受性に影響を与えない用量で改善するが、正常な動物の学習・記憶には影響を与えないことが明らかとなった。脳スライスを用いた実験では、dynorphin A-(1-13) は正常動物の脳スライスからのアセチルコリンの遊離を抑制するが、一酸化炭素負荷をしたマウスの脳スライスでは、著明なアセチルコリンの遊離抑制作用が認められなかった。従って、一酸化炭素を負荷することにより、脳内のκ-オピオイド神経系が障害を受け、その結果生じた機能的な変化に、dynorphin A-(1-13) または U-50,488H などのκ-オピオイド受容体アゴニストが作用し、学習・記憶障害を改善しているかも知れない。