―学習・記憶障害モデル動物に対するノシセプチンの作用―
名城大学薬学部
薬品作用学研究室平松 正行
Nociceptin は,dynorphin A-(1-17) と高い相同性を持つ内因性のペプチドであるが,従来のオピオイド受容体には結合せず,opioid receptor like-1 受容体(ORL1 受容体)に結合する新規の脳内神経ペプチドである.今回は,nociceptin の学習・記憶行動に対する作用が,痛みや自発運動量に対する作用のように,用量により相反する作用を持つか否かを,自発的交替行動法および受動的回避学習法を用いて検討した.
【方法】実験には6-7 週齢のddY 系雄性マウス (30-35 g)を用いた.自発的交替行動法:マウスをY字型迷路のいずれかのアームの端に入れ,8分間に入ったアームの数(総エントリー数)を記録し,異なる3つのアームに連続して入った回数から自発的交替行動率を求めた.受動的回避学習法:ステップダウン型の装置を用い,訓練試行においてマウスに間欠的な電気ショック(1 Hz, 0.5 sec, 80 V, D.C.)を15 秒間負荷した.訓練試行の24 時間後,訓練試行と同様にマウスをプラットホーム上のせ,のせてから床グリッドに下りるまでの時間(ステップダウン潜時)を測定した.
【結果および考察】比較的高用量の nociceptin(1.5または 5.0 nmol/mouse)は,正常マウスで学習・記憶行動を障害したが,低用量の nociceptin(10 または100 fmol/ mouse)は,逆にscopolamine による学習・記憶障害を改善した.また,高用量の nociceptin 投与による学習・記憶行動の障害に対し,nocistatin や nociceptin による痛覚過敏を減弱させるκ3-オピオイド受容体作動薬の naloxone benzoylhydrazoneは拮抗作用を示したが,低用量の nociceptin による改善作用は減弱されなかった.さらに,低用量の nociceptin による改善作用は,κ1-オピオイド受容体拮抗薬である nor- binaltorphimine によっても拮抗されなかった.非競合的 N-methyl-D-aspartate 受容体拮抗薬である (+)-MK- 801により誘発される学習・記憶障害に対して,低用量の nociceptin は改善作用を示さなかった.Nocistatin は,高用量の nociceptin による自発的交替行動の障害を有意に改善したが,scopolamine により誘発される自発的交替行動の障害を改善する低用量の nociceptin の作用には,拮抗作用を示さなかった.以上の結果より,nociceptinは脳内で学習・記憶行動の調節にも重要な役割を持ち,痛みや自発運動量に対する作用のように,用量の違いによって相反する作用を持つことが明らかとなった.グルタミン酸受容体遮断による学習・記憶障害に対しnociceptinは著明な作用を示さなかったので,nociceptinは,主にコリン作動性神経系の機能に関連した脳内の学習・記憶行動の調節に重要な役割を果たしている可能性が示唆された.今後,さらにこれらの生理機能の解明、作用機序の解明などについて,より詳細な検討を行っていく予定である.