小森 由美子, 二改 俊章
我々が蛇毒中の様々な生理活性物質の探索の過程で得たタンパク質のひとつに, アスプクサリヘビ (Vipera aspis) 毒由来の血圧降下因子(HF; Hypotensive Factor)がある. HFは他の多くの蛇毒タンパク質と違って酵素活性を示さず, 単離した当初は全く機能の不明な, 新規な物質であった. そこでHFの全一次構造を決定しホモロジー・サーチを行ったところ, 哺乳類由来の血管内皮細胞増殖因子(VEGF;Vascular Endothelial Growth Factor)の一次構造と, 約45 % の相同性を示した. VEGFは生理的あるいは病的条件下で血管新生や血管透過性の亢進に影響を及ぼす因子であり, その機能や受容体に関する研究が近年活発に行われている. そこで今回HFの構造及び生理作用と各種の細胞に対する影響を, VEGFと比較して得られた結果を中心に報告する.
HFの構造
HFはS-Sepharose, Heparin-Sepharose により精製し, ESI-MS による分子量測定を行った. また各種酵素処理後に得られたペプチドを逆相 HPLC で分離し, 自動エドマン分解によりアミノ酸配列分析を行った. その結果HFは分子量25,072の塩基性ヘパリン結合タンパクで, 110 個のアミノ酸残基からなる, N末端がピログルタミル化された2本のペプチド鎖が, ジスルフィド結合したホモダイマーであることが明らかとなった. VEGFの構造に基づいてHFの三次構造モデリングを行ったところ, 両者は極めて類似した構造をとると推測された.
HFの作用
様々なタイプの細胞の増殖に対してHFが及ぼす影響を検討したところ, 血管内皮系の細胞にのみ特異的に作用した. その EC50 はウシ大動脈血管内皮細胞(BAEC) で 5 x 10-9 M, ヒト由来の血管内皮細胞(HAEC, HPAEC, HUVEC) では 2 x 10-10 M であり, この作用はタンパク合成阻害剤のシクロヘキシミドにより完全に阻害された. HFの血管内皮細胞への結合にはヘパリンが関与する可能性が考えられたため, HFのC末端に存在する塩基性アミノ酸に富む部分を含むペプチドを2種合成し, HFの細胞増殖作用における影響を検討した結果, これらは顕著な阻害効果を示した. またHFのC末端側をプラスミンにより切断した場合も同様の効果が見られ, HFのC末を含む部分が細胞の認識に関与する可能性が示唆された. HFには細胞増殖促進のほか, 毛細血管透過性亢進などVEGFと共通点の作用が見いだされたが, 一方で強力な血圧降下作用のようにHFにのみ認められる作用もあった. 今後HFの血管内皮細胞への詳細な作用機構を明らかにするとともに, 血圧降下の機構を明らかにしていくことが課題である.
1. Komori, Y., et al. (1990) Toxicon 28, 359-369.
2. Komori, Y., et al. (1999) Biochemistry 38, 11796-11803.