神経栄養因子としての神経ペプチドGLP-1の作用の解明

東京理科大学薬学部 薬理学研究室  岡  淳 一 郎

 Glucagon-like peptide-1 (GLP-1) は、腸管で preproglucagon から翻訳後修飾により産生されるアミノ酸 37個のペプチドで、フラグメント (7-36)NH2 または (7-37) になって糖依存的にインスリン分泌を促進することが見出され、糖尿病治療への応用が検討されている。その後の研究から、脳内でも産生されており、視床下部で摂食抑制と体温低下作用を示す神経ペプチドであることが報告されたが、これ以外の脳内部位での作用は不明であった。我々は第2回および第3回研究成果報告会において、アルツハイマー型痴呆の重要な誘発因子であるβアミロイド蛋白処理により、通常のラット海馬では抑制されている GLP-1 産生が誘導され、βアミロイド蛋白で誘発される学習障害、神経細胞死、およびシナプス長期増強現象(記憶形成の分子機構)の抑制を仲介または促進することを報告した。今回は、中枢神経系におけるGLP-1の役割をさらに解明する目的で、ラット初代培養海馬神経細胞を用いて内在性GLP-1の作用について検討した。

 【方法】胎生18日目のラットより海馬を摘出し培養した。培地及び細胞内のGLP-1量はELISA法で定量し、GLP-1受容体はfluo-GLP-1により検出した。内在性GLP-1がGLP-1受容体を介して示す作用を調べるため、GLP-1受容体拮抗薬exendin (5-39)を培養1日目から9日目まで培地に添加し、10日目にMTT法による細胞生存率の測定と、画像処理による神経細胞突起長の測定を行った。また、Western Blot法およびELISA法によりMAPキナーゼ系関連蛋白およびgrowth-associated protein 43 (GAP-43) の変動を調べた。

 【結果および考察】培養海馬神経細胞および胎仔の海馬では常に内在性GLP-1が産生されており、誕生とともに産生が抑制されること、GLP-1受容体も存在することが明らかとなった。Exendin (5-39) 10-8〜10-6 M処理により神経細胞数は変化しないが、神経突起の伸長が有意に抑制された。その場合、GAP43、pan ERK、14-3-3eが対照群と比較して減少したが、ERK1、 Tpl-2、 Rsk、 MEK2 およびMKP2量には変化がみられなかった。GAP43は軸索成長や軸索再生との関連が報告されているリン酸化蛋白である。pan ERKは42-85 kDaの全ERK (MAPK)を含むが、特に42 kDaの変動が顕著であるため、ERK2が関与していると考えられる。14-3-3eはRasとともにRaf-1を活性化し、Raf-1はMEK (MAPKK)の活性化を介してERKを活性化する。これらの細胞内蛋白の減少がGLP-1受容体遮断の直接的な効果か、突起伸長抑制に伴う二次的変化なのかの解明は今後の課題であるが、本研究により、胎生期の内在性GLP-1がGAP43およびERK2の産生増大を伴って神経突起伸長を促す栄養因子として働いていることが示された。今後は、脳神経疾患で損傷している神経突起の再生への応用を目的とした研究を発展させたい。