比較認知科学研究所(名城大学大学院薬学研究科/総合学術研究科) |
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研究プロジェクトの概要1.脳の発達とストレス:ストレスによる脳機能障害の分子基盤と内分泌系の相互補完機序の解明 種々の心労や悲哀、抑うつ状態が、感染症やアレルギー性疾患、自己免疫疾患の罹患率、さらには癌の発生率に大きな影響を与えることが臨床的に知られている。ストレスを負荷した動物では、胸腺や脾臓の萎縮、抗体産生能の低下、NK 細胞の活性やマクロファージの食作用の低下など免疫機能の低下が起こる。また、不安神経症やうつ病などのストレス関連疾患では血液中のコルチゾールの上昇が認められることから、視床下部-下垂体-副腎系を介した内分泌機能の亢進がストレス応答に関与していると考えられている。近年、環境化学物質が内分泌系の破綻を引き起こすことから環境化学物質とストレス応答性との関連について研究が盛んに行われている。一方、マウスに拘束浸水または環境隔離ストレスを負荷すると、情動性および学習・記憶など脳の高次機能が障害される。拘束浸水ストレスによる学習記憶障害は抗酸化作用を示す物質を連続的に投与すると改善されることから、このストレスでは酸化ストレスによる神経変性が起っている可能性が示唆されている。学習・記憶機能に重要な働きをしている海馬などの特定領域に神経幹細胞/神経前駆細胞が存在し、成体脳においても神経新生が起こることから、ストレスの負荷による神経新生の変化が脳機能障害に関与している可能性もある。このように、種々のストレス負荷による脳機能障害の発現には免疫系および内分泌系を介した全身的なストレス応答性が密接に関っていることが示唆されるが、詳細については不明である。ストレス応答性の生理学的意義を理解し、ストレス対処法の確立を行うためには、ストレスによる脳機能障害の分子基盤と免疫および内分泌系との相互補完を明らかにする神経科学的研究が必要である。 多くの神経変性疾患が環境要因と遺伝要因の相互作用で発症すると考えられおり、上述した様に環境から脳内に取り込まれ、脳内で毒性を発揮する環境化学物質による神経細胞死だけでなく、遺伝要因にもとづく異常蛋白質の発現を介した神経細胞死および脳機能障害について国内外で精力的に研究が進められている。我々は、これまでに遺伝子改変技術や薬物を使用してヒトと類似した症状を示す様々な精神神経障害モデル動物(学習・記憶障害、統合失調症、薬物依存症など)を開発し、病態発現機序の解明や新薬の開発に多大な貢献をしてきた。また、神経栄養因子の産生を誘導するいくつかの低分子化合物を我々は世界に先駆けて見出し、特定のペプチド性化合物は末梢投与によってアルツハイマー病モデルマウスの脳機能障害を改善すること報告している。 一方、ストレス反応としての不安やうつなどの精神障害は、統合失調症や躁うつ病をはじめとする様々な精神疾患において共通して見られる基本的な精神症状である。とりわけ、統合失調症においては不安とうつが患者の主観的生活の質(quality of life, QOL)と強く関わることを我々は報告している。さらに、統合失調症の自殺率は10%におよぶが、その背景に不安とうつが強く関与していることを見出している。しかし、統合失調症の難治例が多いにも拘わらず、その病態は不明であり、有効な治療法・予防法の確立が待望されている。近年、不安やうつなどの精神障害の発現についても、神経変性疾患と同様に遺伝的要因に加えて強いストレスッサーによる環境的要因が負荷された結果、脳内の遺伝子・蛋白質発現を介した神経細胞死や機能低下がその発症機序に関与すると推察されており、その発症モデルとして「ストレス脆弱性モデル」が提唱されている。例えば、統合失調症は一卵性双生児であっても不一致例が存在すること、産褥期、長時間の拘束を伴う人工透析時あるいは自動車運転時には強い精神的ストレスが負荷され、長期間にわたる過度の精神的ストレスの負荷は不安やうつなどの精神障害を引き起こすことが知られている。したがって、神経変性疾患について得られた知見をストレス誘発性の精神障害に応用できる可能性がある。我々は、これまで神経伝達物質や神経発達・変性仮説に基づいた候補遺伝子によるストレス関連疾患との関連解析を精力的にすすめてきた。これに不随する様々な臨床的なストレス因子と疾患との関連性を詳細に検討し、収集した情報を蓄積しつつある。また、ストレス関連疾患の病態生理に関与する分子を解析するために遺伝子解析に加えてプロテオーム解析の導入を考えている。精神障害に関与する分子基盤を解明し、ストレス関連疾患の新規治療戦略を確立するためには、ゲノム医学、プロテオミクス、認知科学の手法を取り入れた精神医学とモデル動物を用いた神経科学とを融合した研究が必要である。3.こころの発達とストレス:パーソナリティ発達における遺伝と環境の相互作用についての心理学的解析 ストレス反応には大きな個人差がみられる。そうした個人差要因の一つとしてパーソナリティがある。生理学的要因も環境要因もパーソナリティ要因を媒介としてストレス反応やストレス対処行動につながると考えられる。パーソナリティの発達には子どもが生まれ持った能力に親子関係、友達関係、受ける教育や文化的背景などの環境要因が影響をおよぼすことは多数の心理学的研究によって報告されている。しかし、質問紙調査や観察調査、各種の発達検査などの指標を用いたものがほとんどで、生理学的指標を導入して、幼児期から老年期までのデータを収集する大規模な調査研究は皆無に近い。青年期および成人期における社会適応、それに伴う心理的健康度の鍵を握るのが、生活構造の構築と組み換えである。その実相に迫るべく質問紙調査研究は多々行われているが、単一の年代層を対象としたものが多く、また横断的研究がほとんどであり、縦断的研究は少ない。質問紙調査研究では捉えきれない生活構造とその組み替えの具体相に迫る生活史的研究はレビンソン(1978)の成人期を対象としたものがあるが、まだこれから開拓すべき領域である。パーソナリティの遺伝・環境の相互作用に関しては、行動遺伝的発達心理学の領域において、双生児研究をもとにした新たな知見が国内外において見出されつつある。ただし、この種の研究を進めている研究グループは非常に少なく、また生涯発達をカバーする大規模な調査研究は皆無に近い。榎本は、各種アイデンティティ尺度の開発を行い、また、面接調査及び質問紙調査を用いて青年期、成人期、老年期の人々のアイデンティティに関する発達的調査を行っているので、本プロジェクトの予備的検討は済んでいる。各年代にまたがり、同一の研究対象者を5年間にわたって追跡調査したものはほとんどみられず、この領域への貢献度は非常に高いものと思われる。超高齢社会を迎え、高齢者のQOLの向上やサクセスフルエイジングの問題はますます重要になってきている。老年期のこころの発達に関する研究は、主に老年心理学、発達心理学の領域で扱われてきた。また、高齢者の心理的不適応の問題やソーシャルサポートに関しては臨床心理学、家族心理学等の分野で行われてきた。だが、各領域を越えて高齢者の心理を検討する包括的研究はほとんどない。また、高齢者の心理学は比較的新しい分野であることから、高齢者関連の横断研究や縦断研究の知見の蓄積もまだ少ないのが現状である。以上の点を踏まえ、パーソナリティを性格特性、自己概念、対人欲求・対人行動、ストレス対処、認知傾向等の生涯発達の様相を解析し、パーソナリティ発達における遺伝と環境の相互作用の様相を心理学的・生理学的(薬学的)観点から解明する。 |
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