海外臨床薬学研修の報告書(五味 宏樹)
名城大学薬学部 薬学科 3年 五味宏樹
私は平成十八年八月十九日から九月二日までの間、アメリカのカリフォルニア州ロサンゼルスにある南カリフォルニア大学(USC)にて、海外臨床研修に参加しました。
今回の研修の目標として、アメリカでの臨床現場における薬剤師の役割や立場、また薬学生のクラークシップの内容を実際に目にする事で、日本のそれと比較をする事、またそれによって日本の薬剤師が見習うべき点について考察する事が挙げられます。
私達はUSCの4年生のクラークシップに同行し、色々な施設を回りました。この中で最も印象的だったのは、Ambulatory Care Clinicでの薬剤師と薬学生の仕事でした。そこは主に低所得者層の保険料を払うだけの余裕が無い人達の為の外来専門の施設です。そこに受診しに来る患者は殆どが英語でなくスペイン語を話すため、学生は問診の際、色んな質問がスペイン語で書いてある紙や辞書、それでも分からない時はインターネットを使って、伝わらない言葉が無いようにしていました。大体の人は高校でスペイン語を習ったといいますが、あるレジデントの方はそこに初めて来たときは全く話せなかったのに、経験を積んで流暢に話せるまでに至ったと言っていました。今回の研修全体を通して感じた事ではありますが、彼らは本当に「患者の為に最大限出来る事を」という目的意識が強いと思いました。
薬剤師、薬学生はそれぞれ個室で患者と一対一の問診をします。患者は主に糖尿病、高脂血症、高血圧、喘息を患っていて、問診はSOAP形式に従って行われます。最初に以前処方された薬を全て出してもらい、その一つ一つについて「どうやって飲みますか?」と質問をし、薬が処方された通りに服用されているかをチェックし、また多尿、口渇、眩暈等の自覚症状の有無を確認します。ここまでがSに相当します。その後その場で血圧、心拍数を測定し、食生活、運動量などについて細かく質問し、具体的なアドバイスもします。事前に検査室で測った空腹時血糖やHbA1c、BUN等のデータと合わせてこれがOにあたります。SとOから患者の疾患がコントロール下にあるかどうかを評価し(A)、今後の投薬の計画を建てます(P)。そしてこれらの情報を全てメディカル・ヒストリーに記録します。薬剤師はまた、医師に事後承諾という形で投薬を変更する事も出来ます。ここまでは薬剤師も薬学生もやることは全く同じですが、薬学生はこの後薬剤師にチェックをしてもらう必要があります。
この様に、この施設の薬剤師は日本の内科医の様にすら見えました。本当に薬剤師は医療チームの一員、つまり薬のプロフェッショナルとして働いているのだと思いました。また、医師が気軽に薬剤師の部屋を訪れ、患者についての質問をしていて、医師と薬剤師の立場の公平さを感じさせました。
「日本の薬剤師は処方箋を書く事が出来ない」、「ここの薬剤師は日本に比べ活動の幅が広く、医師との立場も公平で自分達の理想像に見える」。この様な主旨をある学生に伝えると、「勿論初めからこの様な体制だったわけではない。以前はアメリカの薬剤師も現在の日本と同じ様な状況にあった。自分達の仕事を増やせば、その分医師の負担が減る。それによって医師はより自分の役割に専念出来る。我々は患者の為に自分達が他に何が出来るかを考える事で仕事の幅を広げてきた。そしてそれは、勿論日本でも起こり得る。これから患者の事を考え、薬剤師の役割を広げていくのは、君達の仕事なんだ。」と私達に語ってくれました。
アメリカには非常に大きな薬剤師の組織が存在し、それが政府に薬剤師の仕事の幅を広げるよう、直接働きかけるのだということも教えてくれました。アメリカとは違い、日本でこの様に組織が法律の改定に能動的に関与するのは難しいかもしれないと感じましたが、事実、糖尿病の講義を行って下さったUSCの先生は日本とアメリカの違いについてこんな風に話しました。「日本人はeconomic animal(経済の動物)であり、アメリカ人はlaw animal(法の動物)であると言われる。日本人は経済状況が整ってから法の制定に着手するので時間はかかるが、制度はきちんと普及する。一方、アメリカ人は先ず法を定めてしまうのでスピーディーだが、実情が伴ってくるまで時間がかかる。」
しかしそれならば、日本の変革の条件は揃いつつあると言っていいかもしれません。昨年から薬剤師教育は6年制となり、近年医薬分業化も進んできました。薬剤師の臨床の場での今まで以上の活躍が期待され、これがやがて薬剤師の役割を広げる事へと繋がっていくのではないでしょうか。
勿論、アメリカの現状が全て正しいというわけではないと思います。今回知る事の出来なかったデメリットや先に挙げた国民性の違いもあり、見てきたもの全てがそのまま目標、とはなり得ないでしょう。しかし、これらを見習う事で、必ず日本の薬剤師は進歩をするはずだと、強く思いました。
今回の研修では、アメリカの薬剤師や薬学生の仕事を見学し、色々な話を伺ったことで日本の薬剤師のあり方についての見直し、並びにこれからの大きな可能性について考えさせられました。
この様な素晴らしい機会を与えて下さった事、研修中にお世話になった方々に深く感謝しています。本当にありがとうございました。